プロフィール|まったりとシンプルに生きたくて34歳で脱サラして旅をしながら働きはじめました。

nepal

はじめまして。レイバックといいます。

1981年  横浜生まれの30代の男です。青山学院大学 文学部卒業。

レイバックというハンドル名はLaid-back 「悠々とした、のんきな、 くつろいだ」という言葉から取っています。

ハンドル名の通り、「まったりと悠々とした人生を歩む」を人生の目標にしています。

僕の目指すLaidback Lifeとは

  • 企業・組織から自由になり、個人で仕事をしてお金を稼ぐ
  • 場所から自由になり、好きな場所で生活をする
  • 人間関係のしがらみから自由になり、好きな人達と共に生きる
  • 時間から自由になり、好きな時に働き、好きな時に遊ぶ

Laidback Life(まったりと悠々とした人生)とは上記のような生き方・働き方だと考えており、叶えていきたい目標としています。

 

僕は10年以上の会社員生活の後、

34歳になって自分の理想とするライフスタイルを目指し2015年にフリーランス・個人事業主として独立をしました。

 

手に職も全くない文系出身の営業・企画経験者の若くもない30代中盤男が無謀にも独立して、どのように自由に働いて収入を得ていくのか。
どんな自由なライフスタイルを実践できるようになるのか。
その先にどんな成功、もしくは失敗が訪れるのか。

 

そんなことをこのブログでは書いていきます。

2016年後半には以下のことを計画しています。

  • 7月:石垣島で1ヶ月ノマドライフ
    綺麗な海が大好きで、海辺に住むのが1つの夢でした。好きな海の1つである石垣島に1ヶ月滞在して仕事をしようと思っています。
  • 9月:京都の禅寺に入り1ヶ月間、禅の修行をさせてもらう
    以前から興味があった禅の考え方と心の平穏を少しでも体得したく1ヶ月修行をしてみようと考えています。
  • 11〜12月:タイで2ヶ月ノマドライフ
    大好きなタイでノマドライフを送ってみたいと思います。プーケット・バンコク・チェンマイが候補地です。

経歴紹介と独立した経緯

大学時代はバックパッカーをしていました。オーストラリアで語学留学経験も。
海外に多く触れる大学生活によって、海外への興味や憧れは増す一方でした。

しかし就職活動で現実を付きつけられて必死にもがく中で、海外への憧れは薄れてしまい、結局、海外とは縁のないIT企業の営業として新卒入社をしました。

20代はそれなりに頑張って働きました。週末にはビジネススクールに通ったりして、会社員としてスキルを上げていくことにモチベーションがありました。

29歳で海外生活への憧れが再燃。一念発起して海外就職

そんな会社員生活の20代を終える29歳になった頃、大学時代に持っていた海外生活への憧れが再燃しました。
海外の未体験の世界に触れる楽しさ・刺激への禁断症状。

目まぐるしく動くIT業界で日々忙しく働いてきて、精神的に疲れ果ててしまったというのもあります。
体調を崩して休暇をとっている時に、自分のこれから30代の人生を考えました。

憧れだった海外生活にこのままチャンレンジせずに将来後悔したくない。

海外就職という選択肢を本気で考え始めました。

雰囲気がとても好きだったことと、就労ビザの取りやすさなどから、東南アジアをターゲットにして転職活動を行い、フィリピンとタイに行き採用面接を受けました。

フィリピンの日系IT企業と、タイの日系人材系企業で無事内定をいただき、悩んだ末にフィリピンのIT企業に転職することを決めました。
駐在員ではなく現地採用でしたので、年収は3分の1くらいにまで減りました。

それでも「やらずに後悔する位なら、やって後悔したい」という気持ちで決意をしました。

不安と期待の混じった気持ちで成田から飛行機に乗った時の気持ちを今でも思い出します。

海外での仕事

2011年29歳の時に憧れの東南アジア生活をスタート。

海外での生活、海外での仕事は想像していた以上に楽しいものでした。

収入が減ったとはいえ、現地の物価では暮らしに困ることはありません。
プール・ジム付きの豪華なマンションに住むことが出来ます。
どこにいくにもタクシーに乗れます。
オフィス徒歩圏内に住んでいたので毎日の通勤電車もありません。

生活にストレスが無いので、仕事も日本にいた頃より頑張ることが出来ました。

結果として年収は東京で働いている時よりも高くなっていました。
会社員としてはそれなりに順調な30代前半だったように思います。

しかし33歳になった頃、また次の人生について悩み始めてしまいました。

安定収入を手放しても手に入れたかった自由な働き方

念願だった海外での生活、仕事面での面白い経験、収入も悪くなく、自分としては恵まれた状況だったとも思います。

ですが10数年間会社員をしてきて、200人規模の会社の管理職を経験してみて、

自分のサラリーマンとしての限界に気づいてしまいました。

 

会社員は出世して上のポジションに行けば行くほど政治力が必要になります。

調整・根回し・好きではない人と協力や対峙する。
部門長通しの脚の引っ張り合い、蹴落とし合いも日常茶飯事です。(僕がいた会社では幸い、あまりありませんでしたが)

元々、人付き合いがあまり得意ではなく、競争が嫌いな僕にとって、年齢を重ねて、責任が大きくなればなるほど会社員生活は苦痛になるのだということに気づきました。

上司の庇護のもとでプレイヤーであれば良かった20代会社員時代と、30代以上のそれはだいぶ違ったもののようでした。

 

この先あと何十年間も、自分に合わないことをやり続けなければいけないのか?

そう思うと気が滅入りました。

 

会社員としての出世を諦め、組織の中で目立たずに働いていけばストレスも少ないでしょう。
でもそれじゃあ何のために働いてるんだろうって思ってしまいます。

会社員を辞めて、企業・組織に属さずに個人で働くしか無い

そんな結論に至りました。

自由を求めて独立。フリーランスに

「企業に属さずに個人で働く」といっても、文系学部卒の営業・企画職などをやってきた自分には手に職がありません。

10数年も会社員をやってきて個人で稼ぐ力が全く無いという事実に情けなくなってしまいましたが、嘆いていても何も始まりません。

個人で働く手段について考えた

独立の準備をするために、個人でも生活費が稼げる方法について考えました。

自分にも出来て、やりたいと思えることに絞ると、フリーエンジニア、Webサイトやスマホアプリ運営、せどり・転売の3つの選択肢が残りました。

1年間の準備期間の後、2015年7月に独立

フリーエンジニアで稼ぐといっても、プログラミングは全くの未経験。
まずは金額が安くても難易度が低い受託案件がこなせるレベルまで勉強してから独立しようと思いました。

平日の仕事後1~2時間と毎週土曜日10時間をプログラミング独学にあてました。

友人経由で、簡単なiPhoneアプリ開発案件を受注したりもしました。
受注してしまえば納期があるので、何が何でも独学を進めて作れるようにならなければいけません。
これで自分を追い込んで勉強を進めました。
(本当に困ったときは、同僚のエンジニアに質問できるという安心感が大きかったです)

独学しながらiPhoneアプリを2ヶ月ほどで納品して副業として30万円稼ぐことが出来ました。

月の収入でいうと15万円ですね。

フィリピンでの生活費は、自炊して節約すれば月8万円くらいで十分ですので、難易度の低い受託案件さえ取ってこられれば最低限の生活費は稼げるだろうと思えるようになりました。

1週間10時間ほどプログラミング独学をすると、1年間で500時間弱になります。

その道のプロになるには1万時間の経験が必要とも言われますが、500時間でも最低限の生活費を稼ぐレベルにはなるのかと思います。

独立して1年引きこもって、ようやく旅をしながら働けるように

2015年7月に起業してからは

開発受託を受けて日銭を稼ぎつつ、自分のWebサイトを運営してベース収益を増やしていく

ということをただただ必死に行ってきました。

1年経った頃にようやくそれなりの収入が安定して入ってくるようなベースを築くことが出来ました。

23歳で就職したことで諦めてしまった旅がまたようやく出来るようになりました。

しばらくは旅をして世界各国の都市に滞在しながら仕事をして収益を増やしていきつつ、次の道を模索していこうと思っています。